
インターネットの設計者が「次の大きな課題」に挑む#
TCP/IPプロトコルの共同設計者として知られるVint Cerfが、Google退社からわずか数日でAI分野の新たなプロジェクトに動き出した。2026年7月15日より、AIエージェントのオープンな識別基盤の確立を目指す組織「Innovation Labs」の顧問に就任したことが明らかになった。
Innovation LabsとDNSidとは何か#
Innovation Labsは、DNS(ドメイン・ネーム・システム)レジストリ企業であるIdentity Digitalの子会社だ。同社はすでに存在するドメイン名インフラを活用し、AIエージェントの身元確認と説明責任の仕組みを構築しようとしている。
同社が提案する「DNSid」は、各AIエージェントを既存のインターネットドメイン名に紐づけ、暗号化技術を用いて登録の履歴を記録するエージェント識別レジストリだ。Innovation LabsのCEO代行であるAllie Kline氏によれば、このシステムはすでに複数の大手ハイパースケーラーおよびアイデンティティ企業とのトライアルが進行中だという(企業名は非公開)。
Cerf氏はTechCrunchのインタビューで、このプロジェクトに参加した動機をこう語っている。
「命名と識別がますます重要になりつつある時期に、貢献できることがあると感じた。AIエージェントが持つ権限は何か、その権限はどこから来るのか、そのエージェントの行動に誰が責任を持つのか、そしてその身元はどこで、どのように確立され、なぜ信頼できるのか——そうした問いに向き合っている。」
なぜ今、AIエージェントの「身元確認」が問題になるのか#
現在、多くのAIエージェントは企業の独自システム内に閉じており、内部リソースを利用して特定の目的のために動作している。しかし、企業はすでにエージェントがインターネット上でより自律的に動作し、他のエージェントと直接やり取りする世界を想定し始めている。
そこで大きな障壁となっているのが、「エージェントを識別・監査するための共通標準の欠如」だ。AIエージェントは従来のドメインよりもはるかに能動的に行動するため、Cerf氏は「ある組織がエージェントを登録するとき、何を約束しているのかがまだ明確ではない」と指摘し、この問題が複雑であることを認めている。
普及のカギはTCP/IPの歴史に学ぶ#
現在、このエージェント識別問題に対するアプローチは複数の標準が競合している状況だ。Cerf氏は、どのプロトコルが広く採用されるかを決めるのは、最終的には「機能性」と「ユーザーからの圧力」だと語る。
「企業XがエージェントYの技術を使い、企業AがエージェントCの技術を使えば、互いに連携できなくなる。あらゆるエージェントがすべてをできるわけではないから、ユーザーからの圧力に頼ることになる。これはTCP/IPのときと同じことが起きるはずだ。」
TCP/IPが今日のインターネットの基盤として普及した歴史を踏まえれば、この言葉には重みがある。
「特定企業に支配させない」設計思想#
Innovation Labsの提案が他と一線を画す点として、Kline氏は「他のAIビジネスを展開する計画を持たず、登録データを自社で抱え込む意図もない」ことを強調している。
「ハイパースケーラーが標準を公開してその独自データを持つことには、多くの拒否反応が生まれると思う。」
つまり、特定の巨大企業が標準とデータを独占する構造への懸念に対して、中立的な設計を打ち出すことで差別化を図っている。
まとめ#
インターネットの基盤設計に携わってきたVint Cerfが、AIエージェント時代の「次のインフラ問題」に取り組み始めた。DNSという既存インフラを活用したDNSidの提案は、実用的なアプローチの一つとして注目される。
なお、Cerf氏自身はエージェント経済がインターネットの「必然の未来」とは断言していない。「人々がそれを試みることは必然だ」としつつも、人間が楽な方法を選ぶ傾向があるとした上で、「だからこそエージェントが選ばれるだろう」と現実的な見方を示している。
筆者の見解: TCP/IPやDNSなどのオープン標準がインターネットの成長を支えてきたように、AIエージェント時代にも中立的なオープン標準が鍵を握るという考え方は説得力がある。Cerf氏の参加がこの議論にどう影響するか、引き続き注目していきたい。
出典: Vint Cerf is working on a plan to unleash AI agents on the open internet (TechCrunch, Tim Fernholz, 2026年7月15日)





