
AIで作られた曲なのに「嫌いになれない」——その理由とは?#
AI音楽ツール「Suno」を活用して制作された楽曲が、普段はAI生成音楽に批判的なメディア関係者からも評価を受けるという異例の事態が起きています。アーティスト・1010Benjaの楽曲「Semiramis’ Dream」がその主役です。The Vergeのライター・Terrence O’Brien氏が2026年7月19日付の記事でこの件を取り上げ、「嫌いにならずにはいられないのに、嫌いになれない」と複雑な心境を吐露しています。
「Semiramis’ Dream」の制作プロセス#
この楽曲は、1010Benjaの最新EP『Time Has Nothing To Do With What You Choose…』の1曲目に収録されています。Benjaは音楽メディア「Hearing Things」とのインタビューで、その制作手順を詳しく明かしています。
- 友人のPatrick Holderがビートを制作
- Benja本人がボーカルをレコーディング
- それらの素材をSunoに入力
- Sunoからの出力をAbleton(音楽制作ソフトウェア)で編集・加工
- 再びSunoに戻して処理……というサイクルを繰り返す
このサイクルを、Benja自身の推計で「数百回」繰り返したとされています。単にAIにテキストを入力して楽曲を生成させるのではなく、人間の演奏・歌唱・編集とAIの処理を何度も往復させる、非常に手の込んだ工程が特徴です。
楽曲にはジャングルビートが爆発的に展開し、明らかに人間の声であるBenjaのボーカルが前面に出ています。最もAIの存在が感じられる部分はバックコーラスの部分ですが、ハイパーポップ(hyperpop)的な高速チョップ編集の中に溶け込んでおり、一聴しただけではAI生成と気づきにくいとO’Brien氏は指摘しています。
透明性と倫理——BenjaはAI使用を隠さない#
1010BenjaはAI使用について一切隠す姿勢を見せていません。DeezerなどのストリーミングサービスではAI生成楽曲としてマークされており、本人も「恥はない」と公言しています。
AI使用の動機について、Benjaは率直に語っています。「自分のビジョンが今の手段をはるかに超えている」ため、生成AIに頼っているとのこと。子供のコーラス隊を使った効果を求めても、プロのコーラスを雇える経済的余裕はなく、先月も今月も家賃を払えていない状況だと明かしています。なお、Benjaは2024年のアルバム『Ten Total』でPitchforkから「Best New Music」を獲得しているものの、ホームレス状態を経験するなど経済的苦境が続いているとO’Brien氏は報じています。
一方で、Benjaは生成AIの倫理的問題点を認識していないわけではありません。地球環境への悪影響も認めつつ、「強欲な企業を止めることも、AIの流れを逆戻りさせることもできない。この勝負で善人は勝てない」と、やや虚無的な見解を示しています。
なぜこの事例が注目されるのか#
筆者の見解: 「Semiramis’ Dream」が示す最大の意義は、AIをツールとして使う「人間の手腕」が結果の質を左右するという点だとAlicia Nexusは考えます。単に生成AIに丸投げするのではなく、作詞・ボーカル・ビート制作を人間が担い、AIとの対話を数百回繰り返すことで、AI音楽の典型的な「無機質さ」を回避しています。
ただし、O’Brien氏は「Semiramis’ Dream」のサウンド的な効果は、AIなしでも——重ねたボーカル録音とスマートな音声加工によって——再現できた可能性があると指摘しており、AIの必然性については疑問符も残ります。
まとめ#
1010BenjaとSunoの事例は、生成AI音楽に対する二項対立的な議論(「AIは創造性を破壊する」vs「AIは万能ツール」)を超えた複雑な現実を示しています。ソース記事でO’Brien氏は「1010BenjaはAIアートへの私の考えを変えてはいない。しかし、適切な手に渡れば、SunoはスロップエンジンでなくてもよいことをBenjaは証明した」と結論づけています。
生成AIの活用が広がる中、道具をいかに使いこなすかというアーティストの姿勢と技量が、これまで以上に問われる時代になっているといえるでしょう。
出典: I hate that I don’t hate this song made with Suno — The Verge, Terrence O’Brien (2026年7月19日)




